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天皇陛下 ご即位20年 記者会見 全文 その2

【両陛下ご会見全文(1)3/4】(産経新聞 09年11月12日)

【両陛下ご会見全文(1)4/4】(産経新聞 09年11月12日)

苦労の多い中で、農業、林業、水産業などに携わる人々が様々に工夫を凝らし、その分野を守り続けてきている努力を尊いものに思っており、毎年農林水産祭天皇杯受賞者にお会いするのを楽しみにしています。

 今日、日本では高齢化が進み、厳しい経済情勢とあいまって、人々の暮らしが深く案じられます。そのような中で、高齢者や介護を必要とする人々のことを心に掛け、支えていこうという人々が多くなってきているように感じられ、心強く思っています。皆が支え合う社会が築かれていくことを願っています。

 平成が20年となり、多くの人々がお祝いの気持ちを表してくれることをうれしく思い、感謝しています。

 この機会に、我が国の安寧を願い、国民の健康と幸せを祈ります。

 皇后さま 少し風邪をひいてしまって、聞きづらいようでしたら言い直しますので、おっしゃってください。戦後新憲法により、天皇のご存在が「象徴」という、私にとっては不思議な言葉で示された昭和22年、私はまだ中学に入ったばかりで、これを理解することは難しく、何となく意味の深そうなその言葉を、ただそのままに受け止めておりました。

 御所に上がって50年がたちますが、「象徴」の意味は、今も言葉には表し難く、ただ、陛下が「国の象徴」また「国民統合の象徴」としての在り方を絶えず模索され、そのことをお考えになりつつ、それにふさわしくあろうと努めておられたお姿の中に、常にそれを感じてきたとのみ、答えさせていただきます。

20年の回想ですが、平成の時代は、先に陛下もご指摘のようにベルリンの壁の崩壊とほぼ時を同じゅうして始まりました。ソ連邦が解体しユーゴスラビアもそれぞれの共和国に分かれ、たくさんの新しい国が誕生しました。新しい国から大使をお迎えするとき、よく地図でその国の場所を確かめました。冷戦の終結に続く平和の到来を予想していましたが、その後少なからぬ地域で紛争が起こり、テロ行為も増し、昨今も各地で人命が失われています。地球温暖化、世界的金融危機、様々な新しい感染症の脅威など、世界的な規模で取り組まねばならぬ問題も多く、様々な意味で世界をより身近に感じるようになった20年間でした。

 国内においては阪神・淡路大震災を始めとし、大規模な自然災害が多く、被災した人々の悲しみは想像を絶するものであったと思います。災害の予知能力が高められ、予防の対策が進み、災害への備えが常にあることを切に願っています。高齢化・少子化・医師不足も近年大きな問題として取り上げられており、いずれも深く案じられますが、高齢化が常に「問題」としてのみ取り扱われることは少し残念に思います。本来日本では還暦、古希など、その年ごとにこれを祝い、また、近年では減塩運動や検診が奨励され、長寿社会の実現を目指していたはずでした。高齢化社会への対応は様々に検討され、きめ細かになされていくことを願いますが、同時に90歳、100歳と生きていらした方々を皆して寿(ことほ)ぐ気持ちも失いたくないと思います。

 身内での一番大きな出来事は、平成12年の皇太后さまの崩御でした。お隠れの夜は月が明るく、今はご両親陛下をお二方共にお亡くしになった陛下のお後(あと)を、吹上から御所へと歩いて帰った時のことが悲しみとともに思い出されます。

 平成20年の区切りの年に当たり、陛下と共に国の安寧と人々の幸せを心から祈念いたします。

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